根っからの−思考で不安に陥りがちのワタシ。
確実なものなんて何一つないこの世の中では、こんな自分の弱さに悩んでばっかりです。
特に会社入ってからはそう感じることが強い。
例えば、
*あっという間に過ぎ去った1週間、自分は何をしてたんか?何を学び、どんだけ目標を進めたんか?
*同時にいくつもの仕事を進める。一つに夢中になっていると、ふと漏れがでてきてしまったり・・
*1年目は何もかんも「初めて」の連続。そこで必須なのがマニュアル。で、マニュアルのどこを読んだらええか分からんかったり。。
*長期休暇(連続5営業日ですが)が予定通り取れるか分からんかったり・・(結局来週水曜から)
*稟議が通るか悩んだり
もちろん会社生活に限ったことだけじゃくて
*なんか知らんけど、カード会社からの請求が一か月分の給与くらい来て焦ったり
*「愛情っていう形のないもの、伝えるのはいつも困難だね〜」って歌詞に納得してみたり
*専門性が何も身について無くて焦ったり
*休暇の予定があまに立ってなくて寂しかったり
*会社と自分の将来が不透明な気もする
とまぁざっと挙げてもこんだけある。ふっつうに会社生活を送っててこれやねんから、今人生の岐路に立ってる人はもっともっと悩んでやろなと思うとほんま自分てちっぽけやなぁとか思ったり。自分の人生のアップダウンがあらかじめ分かっとったりしたら、それはそれで全然おもろないね。
でも不安でドキドキすんのは精神衛生上あんま宜しくない。
ってことで今年に入って心がけてるのが
「見える化」
「見える化」とは・・・
現場における企業活動の様子を目に見える形にしようとする取り組みを象徴する言葉である。
ただしその本質は、単に、計画や実績を図やグラフにして可視化する事ではなく、組織化された人間たちの活動の中で、個々人が作業の実態についての情報を共有し、一人の人間の認識力の限界を補完して、現場における企業の能力を向上させる事にある。例えば、カンバンやアンドン等を有効に用いたトヨタ生産方式は、「見える化」の代表例である。つまり、単に可視化するのではなく、見える化によって、現場の問題点をできるだけ早期に発見し「カイゼン」を行う事を、体系化した方法論として確立する事に本質があるのだ。当然、業種や業務、業務のライフサイクルによって、適用するべき方法論は異なってくる。
(出所:Wikipedia)
これを毎日の生活に取り込もうとしてる。
*明日は、今週は、今月は何をすべきなのか、を書きだす
*その中で達成できたこと、できなかったことを明確にする
*家計簿をつける
*勉強した内容を手帳に書き込んでみる
*自分がどういう時間の使い方をしているか振り返ったり
自分の生活を「見える化」すると、自分が今やるべきことは何なのか、次やることの事前把握、失念の防止、いろいろ効果は出てるような気がする。少なくとも不安は軽減されてる。加えて、段取りができて若干効率がアップできたような気もするし、あかんかったところは反省できたり。自己満かもせーへんけど・・・
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こっからは「見える化(=明確化)」について考えたい。
この「見える化」って上記のとおり、もともとはトヨタで効率性向上のために取り組まれたことやねんけど、現代人は無意識のうちに「見える化」に頼ってるんちゃうんやろうか。
例えば
*ケータイの普及。友人と、恋人と、つながってたい、つながってることを確認したい、せやから2台目を持ったりもするわけで。
*食の安全性いつ、どこで、だれが、どのようにして、作られたのかがはっきりしてないと不安っていう人も多いんちゃうやろか。ギョウザもおちおち食われへんし。
*サブプライム問題の拡大:各金融機関の保有している証券化商品のうち、どれが「焦げ付く」が分からんかったから対処に遅れた面がある。
*勝ち組、負け組:これこそ、自分が社会のどの位置にいるかを「見える化」したいっていう人の心の表れやと思う。
なんでもかんでも確実なものにしとかんと、生きられへん世の中なんやなぁと。
「何となく」ではやってけへん。白黒はっきり、理由をきっちり。
自分の行動と考えに対する裏付けってのが求められる。
それって少なくとも会社の中では当然の事。せやけど、プライベートはそうはなってほしくないなぁと願います。友情とか愛情が数字で図られる世の中になったらどうしよう。ケータイにそんな機能ついたら売れるかもしれんなw
ちょっと後半は話がとんじゃいました。
あー来年度からの自分が全く見えへん